【江村美咲の学歴】出身大学・高校・中学・小学校はどこ?面白いエピソードまとめ!をタイトルにお伝えしたいと思います。
江村美咲(えむら みさき)選手は、パリ五輪で金メダルを獲得する期待が高まっているフェンシング選手です。
彼女は、「自分を信じて楽しむ」という信念を持ち、技巧派のフットワークと美しい金髪で人気を集めています。
では、江村美咲選手がフェンシングを始めたきっかけは何だったのでしょうか。
また、彼女の学歴にも興味があります。
一緒に江村美咲選手の学歴をたどってみると、彼女がフェンシング選手になるまでの素敵なエピソードがいくつも見つかりました。
そこで今回は、江村美咲選手の
小学校から大学までの学歴
サーブル選手を目指すきっかけとなったウサビッチ
学生時代のかわいいエピソード
五輪出場のために選んだ進路
フェンシングを始めたきっかけとなった両親
などについてご紹介します。
江村美咲の小学校から大学までの学歴
画像出典元:https://mainichi.jp/articles/20230729/dde/035/050/002000c
江村美咲選手の学歴を紹介します。
最初に通った学校は日田市立咸宜小学校です。
その後、板橋区立志村第二中学校で中学校教育を受けました。
高校時代は大原学園美空高等学校で勉学に励みましたが、通信制課程を選択しました。
そして、大学では中央大学法学部に進学し、専門知識を深めています。
江村美咲選手の学歴を見ると、一貫して学業に真摯に取り組んできたことがわかりますね。
さて、江村美咲選手の学歴や学生時代の素晴らしいエピソードについて詳しくお話ししましょう。
①日田市立咸宜小学校
画像出典元:Google
江村美咲選手は小学校時代を日田市立咸宜小学校で過ごし、そこで幼少期を過ごしました。
その後、転校することとなり、その転校先に関する情報は現在明らかにされていません。
小学校3年生の頃、江村美咲選手はフェンシングというスポーツに魅了されます。
フェンシング一家である江村家で生まれ育った彼女は、騎士としての道を歩むこととなりました。
②板橋区立志村第二中学校
画像出典元:Google
中学校に進学した江村美咲選手は、板橋区立志村第二中学校に通いました。
そしてフェンシングの世界でも大きな転機が訪れます。
最初はフルーレという種目に専念していた彼女が、中学生になる寸前にサーブルという種目に転向したのです。
その転向の理由は、ある大会の景品が大好きなキャラクター「ウサビッチ」のジグゾーパズルだったため。
ただし、その大会の種目がフルーレではなくサーブルだったことから、江村選手はサーブル種目に挑戦することを決意しました。
フェンシングにはフルーレ、サーブル、そしてエペという3つの種目があります。
フルーレは胴体への突きを競い、サーブルは全身への突きを競い、エペは上半身への突きや斬り合いを競います。
ウサビッチのジグゾーパズルを手に入れるため、江村選手はフルーレからサーブルに種目を切り替えて約3年間努力しました。
そして見事、その大会で優勝することに成功したのです。
画像出典元:https://www.chunichi.co.jp/article/601720
競技の変更の柔軟性に驚きますね。
「ウサビッチのジグソーパズルを手に入れたい!」というきっかけは可愛らしいですが、そのために努力を惜しまない姿勢は素晴らしいものですね!
その後、江村美咲選手は中学3年生の時に国際大会で見事金メダルを獲得しました。
この出来事が彼女のフェンシングへの情熱をかき立てるきっかけとなります。
③大原学園美空高等学校
画像出典元:Google検索画像
中学卒業後、江村美咲選手は大原学園美空高等学校の通信制課程に進学しました。
通信制課程とは、学校に通う必要がなく、自習やオンライン授業、動画を活用して学習し、レポート提出や試験を通じて単位を取得する制度です。
通信制学校の単位認定の仕組みは学校によって異なります。
一部の学校では一定の出席が必要な場合もあり、その際に単位認定試験を行うこともあります。
大原学園美空高等学校の通信制コースにはオンラインコースと週1日コースの2種類があります。
オンラインコースではホームルームやリモート授業の時間が決まっているため、週1日コースの方がより時間の自由度が高いです。
江村美咲選手が「週1日コース」を選んだのは、より多くの時間をフェンシングに費やすためでしょう。
彼女は国際大会で金メダルを獲得した瞬間に「オリンピックに出場したい」と強く決意しました。
そのため、将来のオリンピック選手を育成する「JOCエリートアカデミー」に参加し、オリンピックに挑戦できるフェンシング選手としてのトレーニングも積んでいました。
若いうちから高い志を持っていた彼女は、フェンシング選手としての目標達成に向け、献身的に努力していました。
学業をおろそかにすることなく、通信制での学位取得とトレーニングを両立させるため、相応しい場所を選択していました。
④中央大学
画像出典元:Wikipedia
その後、江村美咲選手は中央大学の法学部に進学されました。
彼女の真剣な姿勢が素晴らしいですね。
実は、中央大学のフェンシング部に所属していた江村美咲選手は、入学当初は部活動があまり盛んではなかったようです。
しかし、彼女は中央大学の女子フェンシング部の歴史が浅いことを背景に、「新しい歴史を切り拓きたい」という意欲を持っていたそうです。
中央大はまだ女子のフェンシング部の歴史が浅かったので、自分が新しい歴史をつくりたいというチャレンジ精神がありました。
引用元:リアルスポーツ
彼女はチャレンジ精神旺盛でしたね。
大学時代にはミス日本の「和田静郎特別顕彰」を受賞し、受賞の際には周囲からの連絡を受けて驚いたというエピソードもあります。
ミス日本の「和田静郎特別顕彰」を受賞されました。「美と健康の素晴らしい資質を持った女性」に送られる賞だそうですが、受賞した時のお気持ちは?
江村:受賞が決定してから連絡をいただのですが、びっくりしましたね。大学OBの方が推薦したり、候補に出してくださったのかもしれないです。
引用元:リアルスポーツ
確かに江村美咲選手はフェンシングの腕前だけでなく、容姿端麗で美しい魅力を持っていますね。
肌もきれいで整った顔立ち、優しい表情が男性ファンを惹きつける要因になっているのかもしれません。
彼女の強さと美しさが、現代の騎士とも言える存在として注目を集めています。
江村美咲選手がフェンシングにどのように惹かれ、その道に進む決意を固めたのか、気になるところですね。
江村美咲がフェンシングを始めたきっかけ
画像出典元:https://tarzanweb.jp/post-270951
現代の美しい騎士とも称される江村美咲選手がフェンシングを始めたきっかけについて詳しく説明しましょう。
江村美咲選手がフェンシングに魅了されたきっかけは、実は両親にあります。
ご家族全員がフェンシング選手という環境に育ち、江村美咲選手も幼い頃からフェンシングに親しんでいました。
両親がフェンシング選手だったので、もともと身近な競技だったことは確かなんですが、実は幼稚園生の頃はユニホームのハイレグラインが嫌だったんです(笑)。小学校3年生くらいになって、兄の練習を見ているうちに、自分でもやりたくなって両親にお願いして始めました。
引用元:TEAM JAPAN
お兄さんの練習を見ているうちに、「私もやってみたい!」と思ったのですね。
興味深いことに、江村美咲選手の両親は元日本代表選手であったとのこと。
そのような環境で育ったからこそ、フェンシングに情熱を燃やすことができたのでしょう。
父の宏二さんはソウル五輪フルーレ代表、母の孝枝さんはエペで世界選手権に出場した経歴があるとのこと。一家で世界と競う実力があるとはすごいですね…!
まとめ
「【江村美咲の学歴】出身大学・高校・中学・小学校はどこ?面白いエピソードまとめ!」のまとめ
江村美咲選手の学歴や経歴についてまとめてみました。
江村美咲選手は、中学生になる際にスポーツ種目を「フルーレ」から「サーブル」に変更しました。
この決断は、当時参加したかったフェンシング大会がサーブル競技だったためです。
その大会での景品は、当時の彼女が大好きだった「ウサビッチ」のジグゾーパズルでした。
高校では通信制の学校に進学し、学業とフェンシングのトレーニングを両立させています。
江村美咲選手は、まっすぐな志と美しさを持った人物で、まるでフェンシングの剣のような存在です。
彼女の美しい姿勢や心に触れると、さらに彼女を応援したくなるでしょう。
江村美咲選手の魅力的な経歴やフェンシングへの情熱についてご紹介しました。
最後まで読んでいただきましてありがとうございました!
江村美咲選手に関するアクセス数の多い注目記事はこちら!