【秋元真夏の学歴・経歴】出身高校(東京家政大附属)とフェリス女学院大学は中退?身長や性格、年収も網羅!

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【秋元真夏の学歴・経歴】出身高校(東京家政大附属)とフェリス女学院大学は中退?身長や性格、年収も網羅!をタイトルにお伝えしたいと思います。

「乃木坂46」のメンバーである秋元真夏さんについて、彼女がどのような人なのか、学生時代はどの学校に通っていて、どのような生活を送っていたのか、気になりますね。

有名なアイドルグループ「乃木坂46」で活躍している秋元真夏さんの出身高校や大学の偏差値などの学歴情報をお伝えいたします。

彼女は高校時代に生徒会長を務め、大学でアイドルデビューを果たすなど、学生時代のエピソードやかわいい画像などもご紹介していきます。

今回は、秋元真夏さんの経歴や出身中学校、高校、大学、性格などについて調べてみました。

この記事でわかること:

秋元真夏のこれまで

以下に秋元真夏さんの学歴のまとめをご紹介します。

秋元真夏さんの出身大学はフェリス女学院大学で、文学部英文学科に在籍していましたが、中退しています。

彼女の出身高校は東京家政大学附属女子高校で、中学校も同校の附属女子中学校です。

さらに、小学校時代はさいたま市立大久保東小学校に通っていました。

秋元真夏の出身大学

秋元真夏さんの学歴をまとめると、大学(フェリス女学院大学)は卒業していない可能性が高いです。

2017年3月に卒業する予定だったはずですが、後に留年していたことが分かりました。

また、インタビューや記者会見などで大学卒業の報告がなかったことから、彼女が中退した可能性もあります。

実際、秋元真夏さんは2019年8月15日に公式ブログで次のように書いています。

「昔、生徒会長や部長、文化祭実行委員長など、たくさんの役職を務めてきましたが、今回また新たな役職が増えました。

学生を終えてから役職が増えるとは思ってもいませんでした。笑」

このブログを読むと、彼女がもはや学生ではないことは明らかです。

そのため、彼女は大学を中退した可能性が非常に高いです。

やはり人気のあるアイドルメンバーだったため、学業との両立は難しかったのかもしれません。

しかし、彼女はその後も活躍を続け、同年9月にはグループの2代目キャプテンに就任しました。

2020年に発売された秋元真夏の2nd写真集「しあわせにしたい」も非常に人気がありました。

2023年2月には秋元さんが乃木坂46を卒業しましたが、秋元真夏さんはたくさんの人に支持されているのでこれからの活動も楽しみですね。

秋元真夏はどんな大学生だった?

フェリス女学院大学

彼女は高校を卒業後、有名な「お嬢様大学」として知られているフェリス女学院大学に進学しました。

この大学は横浜市にあり、緑園キャンパスと山手キャンパスの2つのキャンパスがあります。

山手キャンパスは音楽学部の3、4年生のみが通学する特別なキャンパスで、他の学生は緑園キャンパスに通います。

秋元さんは文学部に所属し、英米文学を専攻しています。

フェリス女学院大学の文学部は留学制度が整っており、夏休みなどの短期留学も可能です。

乃木坂46のオーディションに合格したのは高校3年生の時でしたが、学校の校則により活動を一時休止せざるを得ませんでした。

そのため、大学卒業後に再び乃木坂46の活動を再開することを目指しました。

しかし、再びお父さんに反対されるなど苦労もありましたが、なんとか説得し大学入学直後からレッスンを再開し、グループに合流することができました。

合流するためには、乃木坂46のテレビ番組をすべて録画して視聴し、レッスンや番組収録、公演などにも積極的に参加していました。

秋元さんが初めてテレビ番組「乃木坂って、どこ?」に出演したときは、なんと4枚目のシングル「制服のマネキン」の選抜メンバーである「八福神」に選ばれていました。

しかし、当時の彼女はグループのメンバーとの関係がうまく築けず、グループへの復帰は平穏ではなく、グループ内に大きな騒動を引き起こすこととなりました。

まず、秋元さんが突然復帰したことにより、選抜メンバーから外れてしまった中田花奈さんは、非常に悔しがって泣き叫んでいます。

また、同様に秋元さんの復帰によって八福神から外れ、さらに立ち位置も2列目から3列目に下げられた西野七瀬さんは、「大阪に帰る」とも言いました。

西野さんは当初、自分が秋元さんによって追い出されたと感じ、その後も秋元さんとは一切話さなくなり、確執が1年ほど続きました。

しかし、横浜アリーナでのライブの前に、西野さんが秋元さんに声をかけたことがきっかけで、2人は和解しました。

以降、彼女らは非常に仲が良いことで知られています。

実際、横浜アリーナのライブ中には、

「真夏、おかえり。一緒に頑張ろう」

というメッセージが流されるサプライズ演出もありました。

西野さんはこの件について、全面的に自分の非を認めており、「自分が子供っぽかったのが原因だった」と話しています。

また、秋元さんもこの出来事が関係性の改善につながったと述べ、現在では大の親友です。

西野さんは、

「真夏が復帰してからの1年ちょっとの間、自分が子供っぽかったと思いました(笑)。

ライブ後にはブログでも書きましたが、もし自分が真夏と同じ立場だったら、今の真夏のように振る舞うことは絶対にできなかったし、自分が乃木坂に入った時もとても不安だったと思います。

自分のことをみんながどう思っているのか気になって、自分の殻に閉じこもってしまい、一歩も踏み出せなかったと思います」

と述べています。

その後、グループの4thシングル「制服のマネキン」では、初めて選抜メンバーに選ばれましたが、桜井玲香さん、橋本奈々未さん、白石麻衣さん、松村沙友理さんと一緒に、いきなり2列目に配置されることになりました。

なお、当初は大学名を明かしていませんでしたが、クイズ番組「Qさま」に出演した際に、在学中であることを公表しました。

グループに入ってから、秋元真夏さんは運動が苦手だったので、ダンスに苦労しましたが、努力の結果、それを乗り越えることができました。

大学2年生の時、テレビドラマ「BAD BOYS J」にレギュラー出演することで女優デビューすることができました。

大学3年生の時には、生田絵梨花さんと橋本奈々未さんと一緒に「超能力研究部の3人」という映画で初めて主演しました。

そして、大学3年生の時から埼玉県の実家を離れ、一人暮らしを始めました。

大学4年生の時には、テレビドラマ「オトナヘノベル」で初めて主演することもできました。

また、その翌年に発売された1st写真集「真夏の気圧配置」は約54,000部の売り上げを記録しました。

入学したのは2012年4月であり、大学時代や卒業の情報はわかりませんが、大学中退の心配もあります。

おそらく、グループでの活動が忙しく、留年している可能性があります(本来の卒業予定は2017年3月)。

秋元さんの大学名はQさまなどで公表されていますが、最近は大学生活についてのインタビューなどはほとんど行われていないため、通学していない可能性もあります。

しかし、後述しますが、乃木坂46に加入する際に、父親から通学が条件とされていたため、現時点での中退の可能性は低いと考えられます。

なお、フェリス女学院大学は出席日数などが非常に厳格であり、女優の桐谷美玲さんは7年かけて卒業しています。

秋元さんは乃木坂46でも人気が高いため、仕事と学業を両立するのが大変なようです。

秋元真夏の出身中学・高校は?

東京都 東京家政大学附属女子中学校・高等学校 偏差値54(普通)

注目されている秋元真夏さんの学歴について、出身高校である東京家政大学附属女子高校の詳細について説明します。

秋元真夏さんは中学を卒業後、東京家政大学附属女子高校に進学しました。

この学校は東京の板橋区に位置し、1881年に創立された伝統校です。

中高一貫校であると同時に、高校からの生徒募集も行っています。

秋元さんは中学時代から高校時代まで調理部に所属し、高校では部長の役職も務めています。

また、高校でも生徒会の活動に取り組み続けており、高校2年生の時には生徒会長も務めていました。

当時から彼女は人望を集めており、他に立候補した人はいませんでした。

秋元さんはこの経験を通じて、目立ちたがる性格が開花したと述べています。

彼女はインタビューで

「高校生の時に生徒会長をやりました。

他に立候補する人がいなかったので、自動的に私が会長になりました。

それが人前に立つ最初の機会で、朝礼の際に挨拶することがとても快感でした。

目立ちたがり屋の性格が開花したのです。

だから今でも多くの人の前に立つことに緊張しません。

胸がギューっとなる感覚はありますが、私にとってそれは“ワクワクする時のギュー”なのです。

この仕事をしていると、毎日が楽しくてたまりません(笑)」

と語っています。

当時、乃木坂46の2期生の矢田里沙子さんも同じ学校の1学年下に在籍していましたが、秋元さんは生徒会長を務めていたことから彼女を知っていました(ただし、面識はありませんでした)。

一方で、高校時代の友人たちは「抜けている」とか「ふわふわしている」と言っており、当時から彼女の天然キャラは健在だったようです。

高校3年生の時、秋元さんは乃木坂46のオーディションを受けましたが、当時はアイドルを目指していたわけではありません。

友人からの勧めで「試しに応募してみようか」という感覚で受験しました。

また、「アイドルになりたいわけではなく、漠然と人前に立つことがしたい!」と思って応募したとも語っており、それまでにオーディションを受けた経験はありませんでした。

そのような理由により、私は驚くほど1次オーディションを通過したという知らせを受けました。

そして、4次審査の中で若月佑美さんと隣りの席になったことがきっかけで、後に私たちは仲良くなり、グループ加入後も「盟友」と呼ばれるようになりました。

さらに、8月の最終選考で合格したときは、校内で「生徒会長が(乃木坂46の)オーディションに合格したようだ」という噂が広まりました。

ちなみに、乃木坂46のオーディションを受ける際、私は父親が芸能界に強く反対していたため、両親には内緒で応募しました。

合格後、父親に告げる時は非常に緊張しました。

インタビューで明らかにしていますが、

「乃木坂46に入るということを父親に伝える時は、本当に緊張しました。

うちの父親は芸能界に強く反対していたので、『どうせ落ちるだろう』と思って内緒でオーディションを受けましたが、結局、乃木坂46結成の記者会見のニュースで父親にバレてしまいました。

その後、改めて打ち明けるまでには、めちゃくちゃ勇気が必要でしたし、認めてもらうまでには2年くらいかかってしまいました」

と述べています。

しかし、オーディションに合格したものの、私の通っていた高校は芸能活動を禁止する方針であったため、許可を得ることができず、父親も反対したため、活動を休止しました。

そのため、高校を卒業するまでは芸能活動を行っていませんでした。

通っていた高校は校則が厳しく、携帯電話の持ち込みは許可されず、SNSの利用も禁止されていました。

当時、「乃木坂って、どこ」などのグループの主演番組を見ることを避け、大学受験に集中するようにしていたそうです。

また、先ほど言及した西川七海さんは転校して芸能活動を始めましたが、私は転校することなく同校を卒業しました。

一度は転校を考えたこともありましたが、母親に反対されたため、考えを変えることにしました。

父親からは「大学に合格して通学するなら」という条件付きで、乃木坂46への参加を認められました。

そのため、高校3年生の9月に行われた乃木坂46のお見立て会には参加することができませんでした。

なお、秋元さんは高校時代には家庭科と国語が得意で、数学と理科が苦手で文系のクラスに在籍していました。

秋元真夏の出身小学校は?

秋元真夏さんの出身小学校は、埼玉県さいたま市にある公立校の大久保東小学校です。

彼女は東京の病院で生まれた後、生後7か月の時にさいたま市に引っ越してきました。

大久保東小学校は、彼女の地元に位置している公立の小学校です。

彼女はこの学校で学び、基礎教育を受けました。

彼女の出身小学校について語ることで、彼女の地元への愛着や地域の文化や習慣への理解がうかがえます。

彼女は幼少期から埼玉県で過ごし、その中で成長しました。

地元の学校で学んだ経験は、彼女の人格形成や価値観の一部となっています。

実家では、両親と弟と一緒に暮らしていました。

家族の関係は非常に良好で、みんな仲が良いと評判です。

秋元真夏さんは8月に生まれたため、父親が「真夏」という名前をつけました。

以前は父親は乃木坂46に入ることを反対していましたが、最近では母親や弟と共にライブにも来てくれるようになり、家族全員で応援してくれています、と語っています。

父親からは次のような言葉をかけてもらい号泣したことを、公式ブログで報告していました。

「いつもいつも笑顔でいられるような環境が見つかってよかったね。

ずっとこれまで言えなかったけどもう反対なんてしてないよ。」

秋元真夏さんは幼稚園の頃から芸能界に憧れていました。

そして、幼稚園と小学校の時はバトンクラブに所属していました。

幼い頃は人見知りが激しく、いつもお母さんの後ろに隠れるような子供でした。

とラジオ番組で話していました。

スポーツは苦手で運動音痴としても知られており、体育の成績は低かったです。

自転車にも乗れず、泳ぐこともできませんが、学校で習ったスキーだけは滑ることができます。

ただし、子供の頃からスポーツ観戦は大好きで、現在でも「スポーツを観るプロ」と自称しています。

小学校4年生になってバトン部に入部し、5年生の時に家庭科部に転部しましたが、6年生の時に再びバトン部に戻りました。

そのほかにヴァイオリンを習っていたり、料理が好きだったため、小さい頃からそれらを楽しんでいました。

学校ではキューティーハニーやセーラームーンの真似をして、お調子者として人気がありました。

また、当時は高島彩さんに憧れており、将来の夢はアナウンサーでした。

ちなみに、小学生の頃の宝物はブタのぬいぐるみで、現在でも大切に保管しているそうです。

小学生時代、秋元真夏さんは両親から何でもやらせてもらえる環境だったため、「とにかく自分が大好きな子供でした」と話しています。

以上が秋元真夏さんの学歴と学生時代のエピソードについてのまとめです。

最近では、アイドルだけでなく女優としての期待も高まっており、グラビアでも活躍し、写真集が大ヒットしていることでも知られています。

性格も非常に良く、ファンからの評価も握手会などで高いです。

最初はグループ内で目立つ存在ではなかったし、「頭や顔が大きい」と言われ、他のメンバーと比べてスタイルも劣っていました。

しかしこれまでの努力や握手会での素晴らしい対応などで、白石麻衣さんや西野七瀬さん、生田絵梨花さんなどと並ぶ人気メンバーになりました。

また、面倒見も非常によく、後輩や年下のメンバーからも慕われています。

渡辺みり愛さんや鈴木絢音さん、相楽伊織さん(卒業)などからも大変な慕われ者です。

最近ではバラエティ番組などにも引っ張りだこで、私服や衣装も注目され、ファッションリーダーとしても注目を集めています。

今後のさらなる活躍も期待されています。

秋元真夏のプロフィール

プロフィールについて詳しくお伝えします。

名前:秋元真夏

生年月日:1993年8月20日

出身地:東京都生まれ、埼玉県出身

血液型:B型

身長:154cm

所属事務所:乃木坂46合同会社

幼稚園の頃から、秋元真夏さんは芸能界に憧れを抱いていました。

高校3年生の時に、情報番組で乃木坂46の1期生オーディションの情報を知りました。

当時はアイドルになるつもりはなかったのですが、たまたま携帯電話を操作していた時にオーディションの締切日が画面に表示されたため、直感的に応募してみることにしたそうです。

そして、2011年8月21日に乃木坂46の1期生オーディションに合格し、一時的に選抜メンバーとして選ばれました。

しかし、学業を優先するために活動を休止しました。

2012年4月、大学進学を機にアイドル活動を再開しました。

乃木坂46の関連番組を録画して視聴し、レッスンにも参加しました。

番組の収録にも同行するなどの努力の結果、乃木坂46の4thシングル「制服のマネキン」の選抜メンバー八福神に選ばれることができました。

2013年には、ドラマ『BAD BOYS J』でテレビドラマ初出演を果たし、2017年には1stソロ写真集『真夏の気圧配置』を発売しました。

この写真集はオリコン週間「本ランキング」の写真集部門で初登場1位を獲得し、オリコン年間本ランキング「写真集」部門でも9位にランクインしました。

引用:

2019年には、乃木坂46の初代キャプテンである桜井玲香さんの後任として2代目キャプテンに就任しました。

さらに、舞台『サザエさん』でワカメ役や連続ドラマW『引き抜き屋 〜ヘッドハンターの流儀〜』に出演するなど、個人としての活動も増えていきました。

2020年には2ndソロ写真集『しあわせにしたい』を発売しました。

また、秋元真夏さんの性格にも注目が集まっています。

彼女はぶりっ子キャラとして知られています。

ただのぶりっ子ではなく、秋元真夏さんは誰にでも優しく、面倒見がよい性格です。

彼女は男性ファンだけでなく、女性ファンからも支持を受け、メンバーからも親しまれています。

彼女は幼い頃から、「自分の行動によって両親や周りの人が喜ぶことを見ると、自分自身も幸せになるタイプ」とされ、今でも彼女は周囲を楽しませるために最大の努力を惜しまない人です。

秋元真夏の年収は?

引用:クランクイン!

年収についても注目してみましょう。

公には秋元真夏さんの年収は公表されていませんが、「乃木坂46」としてキャプテンを務め、多数の音楽番組に選抜メンバーとして出演している彼女ですから、個人としてもバラエティ番組、ラジオ、ドラマなどで幅広く活躍しています。

そのため、彼女の年収は数千万円程度であると言われています。

まとめ

秋元真夏さんは幼い頃から目立つことが好きであり、「乃木坂46」のキャプテンとして活動していました。

彼女のグループ活動が終わった今、個人としての活動も応援したいですね。

あおい

最後まで読んでいただきましてありがとうございました!

この記事でわかること: